「シングルマザーで起業。借金6500万円!廃業・自宅売却…波乱の人生を歩んだ私が、60歳から四柱推命で人生を立て直した話」Yinyang.Fiveサポーター:蓉己(ようこ)

大きな挫折を重ねてきた私が、60歳から四柱推命を学び直し、もう一度「自分の人生」を取り戻せた理由とは?
子ども2人を育てながら33歳で離婚し、自宅ローンを抱えパートから正社員へ。
ところが勤務先が廃業し、突然の無職に。
その後、同僚と起業し、自動車関連機械設備の会社を25年間支えてきましたが、
6500万円の借入や自宅の根抵当、移転、倒産危機、円安・リーマンショック・EV化など、
「もう無理かもしれない」と感じる出来事が何度も続きました。
そんな人生の大きな節目で出会ったのが四柱推命。
“これからの人生をどう生きるのか”を考え直すきっかけになりました。
こんにちは!Yinyang.Fiveサポーターの蓉己(ようこ)です。
今日は、
60歳から学び直し、自分の才能を仕事に変えていった私の物語をお届けします。
① 講座受講前の私は・・・
子どもが2人いて、33歳のときに離婚しました。
子どもたちはまだ小学校低学年。自宅ローンを抱えながら、必死に生活していました。
当時働いていたパート先で正社員になったものの、その会社は2年目に突然の廃業。
いきなり無職になり、大きな不安の中で生活の立て直しを迫られました。
その後すぐに、同じ職場の同僚と起業することになり、
30代で自動車関連の機械設備会社を立ち上げました。
私は共同経営者として専務取締役を務め、そこから25年間、会社を続けてきました。
事業は、大手自動車メーカーのエンジン工場向けの機械をつくる下請けからスタート。
ところが、借りていた工場を突然「退去せよ」と言われ、急遽移転の必要が出てきました。
貸工場が見つからないまま期限だけが迫り、最終的に土地を購入し工場を新築。
6500万円の借入をし、その際には営業継続のために自宅を根抵当に入れざるを得ませんでした。
しかし数年後、大元メーカーの不正問題が発覚し、波に乗りかけていた事業は一気にストップ。
さらに円安、リーマンショックといった外的要因が重なり、
そのたびに「もうやめようか」と思うほどの苦しい時期が続きました。
世界的なEV推進の流れも追い討ちとなり、経営はさらに圧迫。
そしてコロナ直撃。
「この会社をこの先どうしていくのか?」
自分の人生ごと考えざるを得ない状況になった頃、四柱推命の学びに出会いました。
この数年間は、本当に頭の痛い日々でした。
再建が難しいと判断し、会社を辞める決意をしたときには、
将来の住み替えのために貯めていた資金まで会社に投じました。
共同経営という立場上、自分だけの意思では決められず、しかし根抵当があるため辞めることもできない。
どうにも動けず、もどかしさと焦りの中で「どうしたら良いのか」と毎日模索していました。
その間、サイドビジネスとしてペット関連の仕事も一人で続けていましたが、
会社を支えられるほどにはならず、社長の協力も得られない状況。
先行きへの不安は常につきまとっていました。
ただ救いだったのは、子どもたちが大学を卒業し社会人になってくれたこと。
そのおかげで肩の荷が少し下り、「では、自分のやりたいことは何だろう?」と
改めて向き合い始めた時期でもありました。
② 講座受講のきっかけ
ミシャ先生が受講されていた起業塾の後輩になったことで、
その後、先生が四柱推命をされていると知り、調べてみたのが最初のきっかけでした。
もともと占いには興味があり、
起業塾で西洋占星術を少し教えていただいたこともありましたが、
その時は全くピンときませんでした。
ただ、亡くなった父が日本画や水墨画の絵描きをしていたこともあり、
干支という文字には昔から触れていたので、
「四柱推命なら深く学んでみたい」と自然に思えたのが始まりです。
③ 受講後の変化
受講後の変化としては、まず、私が学んだ時期は「半年で取得する」スタイルだったため、
正直あまり理解しきれないまま必死でついていっていた部分もありました。
それでも「いつか仕事にできたら…」という望みを持ちながら模索していた頃、
突然目を怪我し、緑内障が見つかるという出来事がありました。
細かい文字を見ることが難しくなり、パソコンで命式を出しながら鑑定するスタイルに限界を感じ、
いったん鑑定士を断念しました。
ただ、目のケガが良くなるにつれ「せっかく習ったのだから…」という思いがまた強くなり、
半年後にもう一度いちから学びなおすことを決意しました。
再スタート後は、自分に合ったスタイルを模索しながら、
コピーした鑑定用紙に“落書き”しながらお客様と話す形へと変えていきました。
するとその落書きした命式表が思いがけずお客様に喜ばれ、私のスタイルとして定着していきました。
そこからは、占い館(対面)に入ってみたり、大手電話占いに挑戦したり、
ココナラ電話占いでも活動したりと、模索の日々を重ねました。
ただ、地方ということもあり対面鑑定には限界があり、
SNSが苦手で宣伝の仕方もわからず、方向性に悩むことも多くありました。
それでも「占いに専念できるのでは?」という思いと、
娘の体調・家族のワンちゃん猫ちゃんと一緒にいたい気持ち、
自分の都合で働けるスタイルへの憧れから、電話占いに重心を移していきました。
今の私が過去の自分に伝えたいのは、
まだ目標の収入には到達していないけれど、諦めずに進んだことで、
楽しい時間も、楽しい仲間もできたということ。
“あの時の苦しさも、遠回りも、全部が今の私の深みになっている”──
鑑定士としても占い師としても、経験がそのまま力になっていると感じています。
だから、あの頃の私に言いたいです。
「辛かったけれど、よく頑張ったね。ありがとう」と。
④具体的な成果
大手電話占いに入っていた時期もありましたが、コロナにかかった際、
「毎日数人の鑑定が当たり前」の働き方をしていた自分には休む選択肢がありませんでした。
自由度のある働き方を求めてココナラ一本に絞って活動しながら
サポーターとしてスクールに関わるようになり、
現在は平均7〜8万円ほどの収入になっています。
ただ、63歳でまだ年金をもらえない私にとっては、
生活していくには決して足りず、今も模索しているところです。
それでも、スクールを辞める選択はありません。
むしろ、将来は講師を目指したいという気持ちが強く、
スクール生さんから「分かりやすい」と言っていただけることも増え、
講師への道を少しずつ固めている最中です。
⑤ Message(未来の受講生へ)
私のように、人生の切り替わりのタイミングで不安を感じている方がいらしたら、
「60歳からでも遅くないよ!」と伝えたいです。
一から学び直すこともできるし、
スクールは“教えて終わり”ではなく、スクール生同士の横のつながりがあり、
先輩から学べる環境もあります。
実際に、いろんなことに挑戦している先輩方もいて、
その経験を直接聞けるし、一緒に頑張っていける仲間もいます。
60年生きていると、誰しも辛いことも楽しいことも色々経験していると思います。
そのどれにも意味があって、決して無駄ではない──
そのことを四柱推命を通じて感じてほしいです。
次のステップに進むとき、
“自分で選んでいける”ということを、どうか知ってほしいです。
まとめ
私がいま自分らしく進めているのは四柱推命を深く学ぶことで、
“これからの人生を自分で選んでいい” と気づけたからです。
辛かった経験も、遠回りも、全部が今の私の力になっています。
60歳からでも、新しい道は何度でもつくっていけます。
もしあなたが今、
「この先どう生きればいいのか不安…」
「私にもまだできることがあるのかな」
そう感じているなら、どうか一度スクールの扉を開いてみてくださいね。
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